何故ピストバイクなのか。

もう一度生まれるために。

こんなにも高度に発達した現代で何故ピストバイクという至極原始的な乗り物なのか。
電動アシストがついたママチャリ、コードレス化したロードバイク、3Dプリントで製造されたパーツ。エトセトラ。エトセトラ。
これらの技術は暮らしを確かに豊かにするものであるはずだ。
それなのに180度も違う方向を進むピストバイクがなくならないのは何故だろう。

『私達はいわば2回この世に生まれる。1回目は存在するために、2目回は生きるために。』
高名なフランスの哲学者のルソーの有名すぎる言葉である。
僕を含め、日本で人生を「生きている」人はそう多くないと思う。
ただ存在しているだけ。死んでいない状態。
食べるために生きるのではなく、生きるために食べる。
ピストバイクはそのキッカケを与えてくれた。

僕たちは文化社会のルールや規則によって効率的で平等な日常生活が与えられている。
こんなことは当たり前で普通なことだ。
ピストバイクに乗り始めてから同じ毎日がなくなった。

スマホがあれば時と場所を選ばずに膨大な情報に瞬時にアクセスできる。
インターネットは人類の進歩と生活には欠かせないピースとなった。
ピストバイクはそれが全てではないと教えてくれた。
スキッドのHOW TOを見たからといって、それで出来るかと言えばそうでもない。
電脳は有能であれど万能ではないのだ。
大切なのはディスプレイと向き合った時間ではなく「その場に居合わせること」だと。

無駄を削げば削ぐほど深みが増す。
デジタルが発達すればするほどアナログが際立つ。
値段が高いから価値あるとは限らない。
本当に価値のあるものとは自分にフィットしたモノを選ぶことであり、そのセンスだ。
この世には人の数ほど価値観がある。
ピストバイクは出逢ったことのないセンスや価値に巡り会える機会を与えてくれるだろう。
そしてその時「生きている」と実感し、もう1度この世に生を受けるのだ。

DSNV RUNS JAPAN from Dosnoventa on Vimeo.

TOSHI

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