日本の自転車文化

-BROTURES KICHIJOJI-

こんにちは。今日は12月と思えないくらい暖かいですね。

本日のブログは過去の吉祥寺店のブログを読んでいたら松田が面白い記事を書いていたので再度投稿しようと思います。
とは言っても文字だらけ&改行もなくちと読みづらかったので僕の方で少し手を加えてみました。

長いので電車とか寝る前とかに読んでみて下さいな。

-以下:過去の松田ブログより抜粋-

昨今、安いママチャリが一般化されている日本では、自転車そのものが安い乗り物という認識になっているように感じます。
実際に日本では通称”ママチャリ文化”として定着し、国民の8〜9割が実際にママチャリに乗っているそうです。

そこで気になるママチャリについて少し調べてみました!

自転車が日本に入ってきたのは江戸末期。



一説では日本に住む(横浜などの港町)外国人が自国から持ってきたのが最初と言われています。

日本の国民に自転車が普及したのは明治から昭和初期。



当時の日本橋周辺

当時は高級品であり、所有者は羨望の眼差しで見られていたとか。
自転車を利用するのは一家の主である男性。
一部(大富豪など)を除き、女性が乗るべき物ではないという風潮だったみたいですね。

月日が経ち昭和20年代後半。



当時の歌舞伎町の様子

自転車業界は新規需要や輸出台数の減少、モーターバイクの復旧などで厳しい状況に追い込まれていきます。
自動車メーカーHONDAの創業者である本田宗一郎のカブによる逸話が有名ですよね。

困った自転車メーカーは今まで男性ターゲットだったのを変更。
自転車に乗る風潮がなかった10代後半〜20代の若い女性を新しいターゲットに。

当時の自転車は荷物運搬として主に使われていたので、太くて頑強な造りの上、大きな荷台とスタンドが付き重量感で満載でした。
そこで、見た目ももちろんの事、重量、サイズ、価格帯と新しく見直し、女性向け自転車の販売に乗り出したというわけです。

そして昭和31年、女性ターゲットにした自転車「女性用軽快車」が誕生。
山口自転車から発売されたスマートレディーという車種で一斉を風靡したそうです。

軽量化、車体の重心を下げた、小柄な女性やスカートをはいた女性でも跨がれるようなフレームは今も街中で良く見るママチャリそのもの。
そして、最も画期的だったのが先端に取り外しできるカゴを付けたことみたいで、これによって多くの女性が買い物に利用するようなったとか!

価格帯としては、今までの自転車が1万円代後半〜3万円近くだったのに対し、13,500円と比較的低価格でした。

低価格と言っても、当時大卒の初任給が8000円。
高級な物には変わりありません。

だが、その乗り易さ、ネーミングや広告を女性に特化した事。
そしてローンで月に1,000円で購入出来る事などもあり、月に5万台(!?)も売れる大ヒットとなったわけです。

この一台をきっかけに各メーカーから女性用の自転車が販売されました。
その乗り易さから、男性や高齢者など幅広く利用するようになったとか。

よって、この年がママチャリのはじまりと言って良いでしょう!

この年から今に至るまであらゆる改良が加えられ、今では荷物や子供を乗せても安定に安全走行できる電動アシストママチャリなどが増えてきました。

去年の自転車年間生産数(自転車協会参考)をみてみると全体の台数82万5千台。
うち、MTB、BMX、スポーツバイク、小径車等全部を足しても5万6千台。
残りのママチャリとアシスト車で76万8千台と圧倒的な数字となっております。

輸入台数に関しましても、近年ロードやピストバイクの流行もあり多くはなっておりますが、それでも今だにママチャリには及びません。

ピストバイクを含むママチャリ以外の自転車の総台数が263万台に対して、ママチャリは310万台となっております。
この数字を見ると、どれだけ日本がママチャリ大国かってことがわかりますよね。

そんなわけでざっくりとママチャリのはじまりについてなど触れてみましたが
一方で日本の自転車メーカーは1980年代以降、世界をリードする自転車を作れていないんですよね。

その理由が先ほど話したママチャリの普及が関与してくわけなんですよ…
っとこの先も少し話が長くなりそうなんで二回に分けて話したいと思います!

余談になってしまいますが、日本製の最古の自転車(三輪)をご覧頂きましょう。

歴史を感じてみてください。
なんと製造年代は1860~70年代とのこと!!すごすぎです!

つづく

過去の松田ブログより抜粋・一部編集

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